フェイクスピア(NODA・MAP 第24回公演)

作・演出: 野田秀樹
出演: 高橋一生、川平慈英、伊原剛志、前田敦子、村岡希美、白石加代子、野田秀樹、橋爪功、石川詩織、岩崎MARK雄大、浦彩恵子、上村聡、川原田樹、白倉裕二、末冨真由、谷村実紀、手打隆盛、花島令、間瀬奈都美、松本誠、的場祐太、水口早香、茂手木桜子、吉田朋弘
観劇日: 2021年6月16日(水) 14:00
上演時間: 2時間5分(休憩なし)
劇場: 東京芸術劇場 プレイハウス
チケット代: S席 12,000円(G列) [パンフレット代:1,300円]


【感想】

観終わった後、久しぶりに放心してしまうほど心えぐられる凄い舞台でした。

舞台は恐山。
白石加代子さんは、女優になる前、イタコの見習いをしていたという設定です。
そこに、口寄せをして欲しいとやってきたのは、楽[タノ](橋爪功さん)と小さな匣を持ったmono(高橋一生さん)。
どうやらダブルブッキングをしてしまったらしく……。

野田地図は、毎回、後半に向かってあるテーマに収斂していきますが、今回のテーマは・・・。
と言ってしまうと、ネタバレになってしまいます。
でも、ネタバレせずに感想を書くのは難しいので、これから観劇予定の方は、下記の「以下、ネタバレ」以降は読まないように。

ちなみに私は、観劇前に他の方の感想を読んでしまい、テーマが何であるかを知った上で観ましたが、それによって、面白さが半減するなんてことはなく、逆に、冒頭から様々な伏線に気づくことができて、却って理解を深めることができました。
なので、2回観る人はともかく、1回しか観ない人はネタを知って観るのもいいかも。


-------- 以下、ネタバレ --------------------


さて、今回のテーマですが、まずはヒントから。
36年前。小さな箱(匣)。「頭を下げろ」。



日航ジャンボの墜落事故です。
あれからもう36年なんですね。

タイトルにある『フェイクスピア』は、もちろん「フェイク」+「シェイクスピア」なんですが、この日航ジャンボ機墜落事故と直接的には関係ないように思えます。
いや、私が気づいてないだけか?
冒頭、口寄せをして欲しいとやってきたタノ(橋爪功さん)とモノ(高橋一生さん)が、逆に憑依され、シェイクスピアの四大悲劇を演じるシーンがありますが、この事故は、日本の四大悲劇の一つということなのかな?
でも、それだけじゃあないんだろうなあ。

そこから、野田秀樹さん演じるシェイクスピアとかフェイクスピアとかが登場して、物語をかき乱していきます。

そう言えば、実際の事故の直後、墜落原因もわからない中、ボイスレコーダーに残っていた機長の「これはダメかもわからんね」とか「どーんといこうや」といった声が、無責任だと取りざたされて、ずいぶんとバッシングされてたのを覚えています。
その後、あの絶望的な状況の中で、最後まで何とかしようと懸命に努力していたことがわかり、世間の声は一変しましたが、あの最初の報道はフェイクじゃない(「どーんといこうや」と言ったのは本当)かもしれないけど真実ではなかったんだよね、そして、我々もそれを信じて非難の目を向けていたんだよね、ということも思い出されました。
同じ声を聞いているのに、聞いている側の心持ちで、無責任な発言にも聞こえるし、全く逆の意味にも聞こえる。
フェイクって、発信する側の責任もありますが、受け取る方の責任も重いと気付かされます。

舞台のクライマックスは、このボイスレコーダーを忠実にセリフ化し、状況を再現したシーンです。
チラシやホームページにも載っている野田さんのコメント(こちらのリンクを参照)にある「コトバの一群」とは、このことだったんですね。

機長は高橋一生さん。
副操縦士(川平慈英さん、伊原剛志さん)やスチュワーデス(村岡希美さん)、乗客たち(アンサンブルの方々)が、椅子とパイプといった簡素な仕掛けだけで、その情景を見事に再現します。
鬼気迫る圧倒的な臨場感は、まるで我々が、JAL123便に乗っているかのような恐怖を覚えます。

この事故を題材にした作品は『沈まぬ太陽』とか『クライマーズ・ハイ』なんかもありますが、野田さんの凄いところは、ボイスレコーダーに残された音声を「生きろ!」というメッセージに昇華したところ。
「(機体の)頭を上げろ」という声を、息子であるタノ(橋爪功さん)に向けたメッセージに変換します。
客席には、あちこちですすり泣く声が……。
それほどまでに、高橋一生さんは凄かった。

今回、この舞台を観て、これほど「心えぐられた」と感じたのは、この事故をリアルタイムで知っていたからでしょう。
野田地図には、第二次世界大戦などをテーマにした作品もありましたが、それらは、知識として知ってはいても、肌感として体験はしていません。
でも、あれから36年も経つんですね。
私のように50を過ぎてないと、この事故も"知識"としてしか伝わらない出来事になってしまうのかもしれません。

会場で販売されていた『新潮』(この舞台の戯曲が掲載)を買ったので、もう一度、じっくり検証してみようかな。

※ 事前にSNSなどで感想を読んでいた時、白石加代子さんに関する心配な出来事が書かれていましたが、今日は特段変わったところもなく、元気に努めていらっしゃいました。ホッとしました。


※ 劇場入って左側に舞台セットの模型もありました。

フェイクスピア