THE BEE

原作: 筒井康隆『毟りあい』
日本語脚本・演出: 野田秀樹
出演: 阿部サダヲ、長澤まさみ、川平慈英、河内大和
観劇日: 2021年12月1日(水) 14:00
上演時間: 75分(休憩なし)
劇場: 東京芸術劇場 シアターイースト
チケット代: S席 9,000円(J列) [パンフレット代:1,000円]


【感想】

過去に何度も上演されてきた傑作。
何で今まで観なかったんだと、昔の自分を叱りたい気分です。

息子の誕生日プレゼントを買って、帰宅してくるサラリーマンの井戸(阿部サダヲさん)。
しかし、家の周りには警官やマスコミがいっぱいで、家に近づけません。
事情を聞くと、殺人犯の小古呂が脱獄し、井戸の妻子を人質に立てこもっているとのこと。
一向に埒が明かない百百山警部(河内大和さん)の対応に業を煮やした井戸は、小古呂の妻(長澤まさみさん)に犯人を説得してもらおうと小古呂宅へ赴きますが、無下に断られてしまいます。
すると井戸は豹変し、逆に、彼女と子供(川平慈英さん)を人質にとって……。

舞台には、大きな白い紙が天井から床まで吊り下げられていて、演者たちは、その上で、長いゴムをレポーターのマイクなどに見立てながら演じていきます。
前半は、テンポが良くて話もわかりやすく、何よりこの演出が面白いので、あっという間に物語の中に引き込まれてしまいました。
平凡なサラリーマンが狂気に落ちていく……そんな(笑いどころもある)サスペンスで終始するのかと思いきや、いやいや、やはり野田さんに限ってそんなことはありませんでした。

井戸が自分の妻子を助けるために、小古呂の息子の指を切断して小古呂へ送りつけ、脅迫するあたりから、不穏な空気に変わっていきます。
小古呂からは、その仕返しに井戸の息子の指が赤い封筒に入れられて送り返されてきます。

そして、クライマックス。
井戸は朝起きて顔を洗い、髭を剃り、小古呂の妻が準備した朝食を食べ、小古呂から息子の指が届けられると、小古呂の子供の指を切り落として送り返し、小古呂の妻と寝て……また朝起きて顔を洗い、髭を剃り、小古呂の妻が準備した朝食を食べ、小古呂から息子の指が届けられると、小古呂の子供の指を切り落として送り返し、小古呂の妻と寝て……が延々と繰り返されます。小古呂の子供が死んでしまってもなお。セリフは一切なく。

真っ先に頭によぎるのは、「9.11」に代表されるテロリストとの報復合戦
しかも、それが淡々と繰り返され、いつしか日常に組み込まれていく恐ろしさ
犠牲になるのは、いつも女性と子供……。
うーん、やっぱ野田さんって凄いなと感服しました。

切り落とされる指は、鉛筆で表現しています。
当然、それにも意味があるんでしょうね。
鉛筆を折ることで、言論の自由への抑圧を表しているのか、それともストレートに、報復合戦によって奪われる戦地の子供たちの学びの場を表しているのか。
送り付けられる封筒が赤いっていうのは、やはり「赤紙」を思い起こしてしまいます。
そして、タイトルになっている「蜂」。
蜂は、本来、攻撃しなければ刺してこないという意味でしょうか。
それとも、蜂(虫)の羽音は、英語で buzz。最近、SNSなどでよく聞かれる「バズる」の語源です。昨今のネット上での騒ぎを皮肉ったのでしょうか。
正直、何を表しているのかハッキリとは分かりませんでしたが、私は「不穏なモノ」の象徴のように感じられました。

今回のキャスト陣は、もちろん文句のつけようのない布陣でしたが、この舞台は、是非、いろんなキャストでも観てみたいものです。


※ オープニングで、まだ上演前のBGMがかかっている中、阿部サダヲさんが客席後方から通路を通ってステージに登場します。
コロナ禍になってから、ソーシャルディスタンスを保つため、客席を使った演出がなくなっていたので、久しぶりのことでちょっと嬉しくなりました。